兼務神社 麻生津地区 (H15現在)
福井市の南に位置する農村地区で、東は文殊山、西は日野川にいたるまで東西に長い。泰澄大師の生誕地、ハーモニーホールふくい(県立音楽堂)等がある
麻生津が朝津と言われた昔より福井市の南の玄関であり、北陸自動車道路・国道8号線・JR北陸線・福鉄福武線・県道福井鯖江線(旧8号線)等の主要幹線が南北に縦貫している。
現在数は約2,700戸、9,400人。


八幡神社 鎮座地:福井市末広7-12
祭   神  応神天皇 
例   祭  4月25日
境 内 地  1,289u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 銅板葺 切妻造 
        拝殿 木造 瓦葺 入母屋造
境内神社  薬師神社 
氏   子  16戸
社  宝   鰐口一ヶ
「由 緒」 

社伝によると、往古は七ヶ村(末広・森行・主計・三本木・生野・角原・鉾ヶ崎)の総社で四百五十石の社領地があったが、太閤検地の際その大半を没収され、これにより神田は絶衰したという。
例祭には舞が奉納され、それが扇の舞であったことから町名を末広にしたと伝えている。
 
八幡神社 鎮座地:福井市森行27-10

祭   神  応神天皇
例   祭  4月25日
社   紋  八ッ輪宝
境 内 地  1,536.7u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 流造
        拝殿 木造 瓦葺 入母屋造
氏   子  70戸 

「由 緒」
創立年月不詳。
昭和16年10月に本殿・拝殿を現在の地に移築遷座した。昭和37年3月新拝殿を竣工した。
 
角原神社 鎮座地:福井市角原町25-4

祭   神  素盞嗚尊 経津主神 
例   祭  6月14日
境 内 地  3,293.4u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 神明造 
        拝殿 木造 瓦葺 神明造
境内神社  主計神社 
氏   子  44戸
「由 緒」 

創立年月不詳。
社伝によれば、足利尊氏の守神と伝承されており、もと氷川神社と称されていた。明治40年経津主神社を合祀し、角原神社と改称した。
境内社主計神社は、鎌倉より土着した山内筑後守が主計郷の治水事業をしたのを神徳として、昭和29年7月1日社殿を創建して、主計土地改良区が祭祀に当たっている。
八幡神社 鎮座地:福井市生野町19-1

祭   神  応神天皇
例   祭  4月25日
境 内 地  775.5u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 流造
        拝殿 木造 瓦葺 切妻造
氏   子  42戸 

「由 緒」
創立年月不詳。

社伝によると、増永公文という人が創立したという。
 
日吉神社 鎮座地:福井市三本木町11-11

祭   神  大山咋命
例   祭  4月25日
境 内 地  516u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 流造
氏   子  9戸
「由 緒」 

創立年月不詳。
社伝によれば、三本木の村の東山の中腹に冬泉寺という寺があったとし、神社も冬泉寺山に鎮座してあったのを、天保11年(1840)現在の地に遷座されたという。
現在の社殿は昭和29年に建てられたものである。
 
黒龍神社 鎮座地:福井市安保町8-17

祭   神  タカオカミノ神 少彦名命 天照皇大神
例   祭  5月1日
社   紋  八ッ輪宝
境 内 地  564u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 流造
氏   子  27戸 

「由 緒」
創立年月不詳。

社伝によると、明治42年に当社に合祀された薬師神社・三神神社はいずれも天和3年(1683)8月の創建という。昭和11年に氏子23戸、境内171坪を有し、戦後も大きな変化は無かった。
 
八幡神社 鎮座地:福井市中野町25-4

祭   神  応神天皇 大山祇命 倉稲魂命
例   祭  4月15日
社   紋  右三ッ巴
境 内 地  1,163u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 神明造
        拝殿 鉄筋コンクリート造
境内神社  田之神社
氏   子  19戸
「由 緒」 

創立年月不詳。
社伝によれば、大町助四郎なる人物が社殿を建立したという。
一方、同村稲荷村山頂に鎮座する稲荷神社は社殿が大破したので、安永9年(1780)当社に合祀したという。嘉永元年(1848)上野山に毎夜光を放つ霊があったので、同年3月18日当社境内に上野山鎮座の上野神社を遷座したところ、光は消え失せたので、益々村民の尊敬を受けたという。
大正9年上野神社は更に本社に合祀された。
 
八幡神社 鎮座地:福井市花守町5-22

祭   神  応神天皇 大山祇命
例   祭  4月10日
境 内 地  1,458u
旧 社 格  村社
主要建物  本殿 木造 瓦葺 流造
境内神社  薬師神社
氏   子  22戸 

「由 緒」
創立年月不詳。

社伝によると、柴田勝家敗死の際、その家臣が逃れ、先ず下荒井の社に、その後この神社に入って花守で一生を終えたという。現在もその子孫を名乗る荒井家が残っている。
明治44年に本殿が再建された。境内社の薬師神社は昭和29年に再建されている。

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